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日付 題名 記事の要約
2002.10.8 惚れたも腫れたも 愛とは恋とは
2002.10.22 「倍数表記」の考察記 キロメガギガテラ

惚れたも腫れたも

2002.10.8.Tue

 僕には仕事上の部下がいます。ピアスでキメた糞の役にも立たない今時の若者は、携帯の待ち受け画面に彼女の写真をセットし、直筆で「愛してるv」などと書いてあります。
 25にもなってこの有様、どう思いますか。

 あるいは、一目惚れってどう思いますか。
 僕は否定派です。というより拒絶派です。ピピンとくることはたしかにあると思うけど、それは電波に過ぎません。思いこみです。人間の価値観ほど、ひっくり返すに容易なものはないのです。そんなのは恋に恋できる輩に任せておきなさい。
 だから、億が一「一目惚れしました!結婚してください!」などと絶世の猫耳眼鏡美少女冥土に告られても、即答でサイド2のアイランド・イフッシュへ移民をすすめてやるのです。

 勘違いしないでいただきたい。本来の彼氏彼女の関係とは、生涯の伴侶に相応しいかどうかを判断するための試用期間なのです。甘いため息の裏では、私利私欲がうずまいているのです。むしろ、そうでなければなりません。その上で、愛してるだのなんだの適当な戦略的口上を吹かしてください。
 だから僕は、「貴方だけを愛してる」をこれっぽちも信じません。「自分の次に貴方を愛してる」だったら甘受いたしましょう。

 唯一、「瞬間の選択」というケースにおいてのみ、愛とかいうやつは具現化することができます。要するに、私利私欲を計算する時間を与えなきゃいいわけです。彼女が車にはねられる寸前、突き飛ばして自分が身代わりになれれば、それは真実でしょう。運良く生きていれば、次からは真顔で「愛してる」と言ってもサマになります。
 ただし、このような特別権限を持っていても、「永遠に」をつけると嘘になるので注意しましょう。それは死ぬ寸前以外では使えません。
 もしくは、漫画「傷」も的を得ていると思います。

 以上のことから、一目惚れされたら鼻で笑うけど、自分がする分には構わない。携帯に「愛してるv」と書かれると凍るけど、自分が書く分には構わない。という結論が導かれます。どこから導かれたのかさっぱり不明ですが。

でもやっぱ言葉のない愛は不信の種となるので、適宣ささやいておく必要があります。
遠慮して言葉に表現されない愛情は、意外に多いものだ。
詩人のEdwin Arlington Robinsonもそう言ってることですし。


 パソコンの世界では「メガ」や「ギガ」といった、巨大倍数表記が平気で出てくる。
 そして、それらを日常的に使うようになると、ふとした疑問が沸き起こるのは不可避であろう。

1000m = 1km(キロメートル)

 と表記するのに、なぜ

1000km = 1mm(メガメートル)

 とはならないのか。
 ミリメートルと混同する、とはいっても、

1000000km = 1gm(ギガメートル)

 なんて話は聞かない。

 1000000000000m(1兆メートル)は、素直に1tm(1テラメートル)でいいはずだ。1000000000km(10億キロメートル)と表記する方がおかしいのである。
 だって、5000000000t(50億トン)は、しばしば「5ギガトンの破壊力」とか言われるではないか。

 今日は12.8kYen(キロ円)で80GBのHDを買った。
 …はて。

 プログラムにおける"時間"は、1000分の1秒である「ミリ秒」が基準となっている。すなわち、1時間は「3600000ミリ秒」と書く。だが、それなら「3.6メガミリ秒」の方がわかりやすいではないか。
 …さて。

 解答